習い事の男性の先生二人から、偶然にも同じ「花嫁」を読ませていただきました。私がいつもゆく公衆浴場は、湯の出るカランが十六しかない。そのうちの一つくらいはよくこわれているような、小ぶりで貧弱なお風呂だ。 その晩もおそく、流し場の下手で中腰になってからだを洗っていると、見かけたことのない女性がそっと身を寄せてきて「すみませんけど。」という。手をとめてそちらを向くと「これで私の衿を剃ってください。」と、持っていた軽便カミソリを祈るように差し出した。剃ってあげたいが、カミソリという物を使ったことがないと断ると「いいんです、ただスッとやってくれれば。」「大丈夫かしら。」「ええ、簡単でいいんです。」と言う。 ためらっている私にカミソリを握らせたのは次のひとことだった。「明日私はオヨメに行くんです。」私は二度びっくりしてしまった。知らない人に衿を剃ってくれ、と頼むのが唐突なら、そんな大事を人に言うことにも驚かされた。でも少しも図々しさを感じさせないしおらしさが細身のからだに精一杯あふれていた。私は笑って彼女の背にまわると、左手で髪の毛をよけ、慣れない手つきでその衿足にカミソリの刃を当てた。明日嫁入るという日、美容院へも行かずに済ます、ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている、と思った。 剃られながら、私より年若い彼女は、自分が病気をしたこと、三十歳をすぎて、親類の娘たちより婚期が遅れてしまったこと、今度縁あって神奈川の農家へ行く、というようなことを話してくれた。私は想像した、彼女は東京で一人住まいなんだナ、つい昨日くらいまで働いていたのかもしれない。そしてお嫁にゆく、そのうれしさと不安のようなものを今夜分けあう相手がいないのだ、それで・・・・。私はお礼を言いたいような気持ちでお祝いをのべ、名も聞かずハダカで別れた。 あれから幾月たっただろう。初々しい花嫁さんの衿足を、私の指がときどき思いだす、彼女いま、しあわせかしらん? (出会いの劇的な効果とか大げさな表現とかに、ひとはとかく耳目を奪われがちだ。だが実質の伴わない、そうした空騒ぎはすぐ私たちの心を通り過ぎる。騒いだ分だけ後味も悪い。青い鳥はむしろ近いところに住むものだ。見える人には見えるらしい、何も劇的なことばかりが大きな意味を持つわけではないことが) 「ユーモアの鎖国」講談社より 石垣りん(1900〜2004) 詩人。高等小学校を卒業後、銀行に就職。昇進を「拒否」したまま、1975年2月、定年退職する。 詩集に「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」「表札など」などがある。 石垣りんは自らの詩を「働く者の立場」の詩だといい、物を考えているのは頭でなく、手や足が感じたり考えたりしているのだという。取り扱う詩の素材は身近だが、日本の社会の深部は常に見据えられている。 「ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている」 こういう言葉、どうしたらでてくるんでしょうね・・・・。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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アールグレイさんが最近経験した事なのかしらん?っと |
nobara 2006/12/22 18:31 |
1スタッフの時からの付き合いで副所長になり管理者になり… |
nobara A 2006/12/22 18:32 |
これは、どのくらい前の作品かわからないのですけど、たぶんずっと前のものだと思います。nobaraさんが同じような経験を最近されたなんてホントに、シンジラレナ〜イ!(今年でやめます。笑) |
アールグレイ 2006/12/22 19:04 |
こんばんわ。 |
yume* 2006/12/22 21:17 |
さらりと読めてずっしり心に残る・・・・きっと、それが上手ということなんでしょうね。 |
アールグレイ 2006/12/22 22:36 |
素敵なお話ですね。素朴な銭湯の湯煙の中での、ほんのひと時の描写ですよね。それが心に染み入って来ます。見ず知らずの方の幸せを願う・・・なかなか体験できないことだと思います。お手玉、素敵ですね。アールグレイさんの手作りでしょうか? |
40代乙女 2006/12/23 12:55 |
なぜか男性の先生二人が、おすすめの文章です。もしかしたら男性は、女性とは違う思いで読まれるかもしれませんね。 |
アールグレイ 2006/12/23 19:49 |
こんばんは〜。今夜は冷えますよ。 |
40代乙女 2006/12/24 00:38 |
おはようございます。 |
アールグレイ 2006/12/24 06:59 |
ジーンときました。以前銀行に勤めていましたので作者のいきざまはよくわかります。しかしnobaraさんがそっくりの体験をされていたとはこれまた感動です。銭湯もnoba officeもやすらぎとふれあいのある場だった。そこが共通したものであることを感じました。札幌でアールグレイさんと偶然行き会ったりするといいんだけれど...そんな想像をいたしました。 |
目黒のおじいちゃん 2006/12/24 08:27 |
目黒さんへ |
アールグレイ 2006/12/24 10:10 |
ホワイトクリスマスですね。ご主人様と楽しくお過ごしください。銀行は所詮金貸し業です。不景気のときはお金を借りたい人をお断りし好景気のときは借りたくない人にお金を借りてくださいと頼みます。つまり晴天の日には傘を持っていけと言い台風が来ると貸した傘を取り上げに来る、銀行員とはそうした因果な職業なのです。当初素晴らしい創立者(頭取)のお話を直接聞く機会も多く理想に燃えていましたが、私の場合はやがて金融の仕事が嫌になりまして独学で勉強して建築の世界にはいりました。 |
目黒のおじいちゃん 2006/12/24 11:30 |
目黒さんへ |
アールグレイ 2006/12/24 17:11 |
お二人の方に薦められ読まれたとは・・・良いお話で |
しまちゃん 2006/12/26 16:17 |
すてきなお手玉で思い出しました。私の郷里(愛媛県の新居浜市)では |
目黒のおじいちゃん 2006/12/26 18:41 |
しまちゃんへ |
アールグレイ 2006/12/26 19:32 |
そうそう義父のことですが満99歳を過ぎた秋のことです。丁度新居浜の秋祭りの頃でした。寝たきりの義父を見舞いに帰っていたとき無呼吸状態になったと家内の急報をうけ救急救命措置をお願いして幸い蘇生した夜中義父の手を私はしっかり握っていました。時には話かけながら強く握ると(どこからあんな強い力が出てくるのか不思議でしたが)ものすごい力で握りかえしてくるのです。そのまま朝まで握り合っていました。あれから一ヶ月後義父はこの世を去りました。「100歳まで生きられますね」というと「儂を100歳で殺すのか!」というのが口癖だった義父との最後を思い出す握手です。許していただけたかどうかは定かではありません。 |
目黒のおじいちゃん 2006/12/26 19:37 |
目黒さんへ |
アールグレイ 2006/12/26 19:45 |
おはようございます。お手玉競技については「日本お手玉の会」のホームページを見て参考になさってくださいね。見るだけでも面白いです。 |
目黒のおじいちゃん 2006/12/27 09:19 |
おはようございます。 |
アールグレイ 2006/12/27 11:58 |
たびたびお邪魔します。楽しい旅行はプランをたてる段階からさまざまな想像で思いをめぐらし脳細胞を活性化しますよ。緊張とリラックスの繰り返しで病気になるひまがないし、帰ってきてからも旅の余韻が残ります。日本の半導体開発の父とも言われる東芝の役員は開発に行き詰まりシリコンバレーに行こうと羽田空港を飛び立った瞬間にアイデアがひらめいたという逸話があります。彼は勿論アメリカに着いたらその場で日本に引き返したそうです。この場合遊びにでかけたわけではないのですが遊びを目的にした旅行はもっとすばらしい収穫を与えてくれると思いますね。病気を持っていても直ってしまう場合があるんじゃないかな?知らず知らず病気予防にもなっています。アールグレイさんにとって旅行はお金と時間を浪費する無駄な寄り道でしょうか?情に棹させば流されるかも知れませんが |
目黒のおじいちゃん 2006/12/27 15:05 |
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