『立ち止まれない孤独 共感』 熊川哲也さん
土曜の朝、阿川佐和子女史とのトーク番組に出ていらした。類い希な能力と多大な努力に裏打ちされた、自信がみなぎっている。
控えめがお好きな方には、ビッグマウスに受け取られるかもしれない。
十代の半ばでイギリスに行き、バレエの本場でプリンシパルとして10年(?)くらいも君臨してきたのだもの、決してビッグマウスではないけれどね。
もちろん爪を隠されるタカもおいででしょうけれど、私は熊川哲也が好きだ。
彼のバレエをSTVホールで拝見した。
滞空時間の多い跳躍に、言葉が出なかった。
(これは、友達のプレゼント)
26日の朝刊にあった彼の言葉に共感した。
ベートベンは常に自分の中に強い化学反応を起こしてくれる人です。初めて「第九」を通して聴いた時は、地面がぐらついたかと思うほどの衝撃を覚えた。1,2,3楽章というプロセスを経て歓喜の4楽章に至る。それ自体が壮大なロマンですよね。
僕ね、常に挑戦している人って、どこか弱いところがあると思うんです。弱いから攻め続ける。立ち止まると孤独に向き合わなきゃ行けなくなるから。「第九」をバレエにした頃の僕もそんな感じだった。だからベートベンを近く、いとおしく感じた。
「第九」の振り付けは、自分自身を問う挑戦でした。だって、音だけで完成されている究極の芸術ですから。でも振り付けている期間は、毎日が喜びでした。音楽に身を委ねているだけでどんどんアイディアが紡ぎだされ、スタジオが純粋な芸術空間になってゆく。ドガの踊り子が、すぐそこにいるようだった。
ベートベンという人そのものの手触りを、もっと感じたい。できることなら自筆譜か初版譜を手に入れて、いつもそばに置いていたい。いつか、彼の交響曲全曲を振り付けるの僕の夢です。
「弱いから攻め続ける・・・立ちどまると孤独に向き合わきゃいけなくなるから」
私もそう思っている。
熊川哲也さんい比べたら芥子粒のようなことだけれど、寂しさを埋めたくて・・・短歌を詠んでいる気がする。
ボツ続きの文章を書いている気がする。
自慢したいからでも褒められたいからでもなく、寂しさを埋めているのだと思う。それは私の心が喜ぶことだもの。
佐和子女史を相手に、「作り笑いか本当に笑っているか一瞬に見抜ける」と言っていた。
熊川哲也さんは、わが北海道の出身。
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