ポーランド エピローグ
海外旅行をやめるまでにはポーランドに行かなくちゃと、いつの頃からか思っていた。日本からの直行便がないことなど、まったく知らなかった。
ワルシャワ蜂起ということだって、その現実は知らないし・・・・
やっぱり、アウシュビッツをみようと思ったのかもしれない・・・
北海道みたいに平地が続いていた。ジャガイモの生産量の多いことも似ていた。 鳩?カラス?
海外が始めてという人は一人もいなかった。年に数回行っているという人は、「イタリアやフランスは入り口」と言われた。ポーランドの翻弄された歴史を知ると、この方のおっしゃる通りかもしれないと思う。
この方とは・・・50歳の時にご主人を亡くし、アメリカにいたお兄さんのお宅に行った時から海外旅行を始めたという75歳の女性。英語を話し、先になって歩き、登山もされ・・・他には忘れたけれど多彩な方だ。
早く未亡人になったほうがいいといって笑わせた。
折り紙を折り、出会ったガイドさんや小学生たちに上げていた。このバラはピンセットを使っていた。器用で早い。
こんなにポジティブな人に出会ったのは久しぶりか、初めてかもしれない。
(ちょっとにぎにぎしかったけれど・・・)
観光地から観光地へいくつもの町を越えてゆくが、必ずとんがり屋根の教会があり絵になる。古い建物だからなおさら。どこかのページにも書いたが、ポーランドの歴史的背景から、カトリックの信者さんは敬虔だそうな。
車窓から、教会に集う人や帰る人たちを見た。
両替は2万円。と少しカードを使ったが、琥珀でも買うのでなければ、そんなにいらないかもしれない。お土産はヴィエリチカ岩塩坑で買った岩塩と入浴剤、石けん。
重すぎて、成田からのジェットスターは20キロだから、大丈夫かと心配したほどだった。
私はお土産を買うのが下手だ・・・・
年配の人たちの間では、形があるものや残るものはNGだねと一致した。
ちょっといやだったこと・・・最終日に、一人で参加されていた方からワルシャワの旧市街に行こうと誘われた。そのとき、「あなたはそこに行ったら、見るところが変わるから決めて行きましょう」というようなことを言う。
この50代くらいの女性は、一人参加者の一番多い日を調べて申し込み、どなたかと一緒に歩こうと思っていたという。
周りにツアーの皆さんがいたのでためらったけれど、「私は現地に行ってみなければどんなにステキなところがあるのかわからないので、行ってみて気の向くまま足の向くままチャラチャラ歩きたくて一人で参加をしているのですから、それがいやでしたら他の方とご一緒して下さい」と、はっきり言った。何かと依存してきていたが、まるで私が悪いかのような言い方をされたのにはビックリ!
それと、中国や韓国のことをヘイトスピーチのように言う。何度かその話題を振ってきたので、今ここでその話題で話したくはありませんとお断りした。
ユーチューブをみてごらんと何度も言われるので、ユーチューブって信頼できるほどのものですか?大切なことは信頼できそうなものを探して本で調べますと答えた。ユーチューブって、そんなにいいの?
ポルトガルに行ったときにも依存されたことがあった。なぜ私なの?
最終日のワルシャワのホテル・ノボテルでは、飛行機の関係からチェックアウトを12時に延ばしていただいた。冷蔵庫など忘れ物はないかと調べていたら、客室の係りの若い女性が来られた。
英語の単語で、あなたにプレゼントしたいと、有田焼の?小鉢を差し上げた。
私に?とオーバーなくらい驚き、喜んでくれた。
気をつけて帰るようにとか、あと、なんだったろう?言われた。
ポーランドが気に入ったとか、ワルシャワはステキな街だとか、もう一度来たいとか・・・言えばよかった。
帰りは成田で一泊した。ジェットスターは、荷物を計量台に上げるのまで自分でする。
チケットをとるために記号と数字を機械に入れるとき、1とI(アイ)を間違えて打ったり・・・
世の中に新しい事が増えてゆくのに、老いて、理解できないことが増える。
ポーランドの餃子。う~ん
いい旅行でした~
♪小鳥たちの鳴き声を聞いたけれど、そのなかにナイチンゲールがいたのか・・・
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