ダークツーリズム

画像朝刊より

     砂浜に急造 出番なく終戦

  トーチカ

広尾郡大樹町(襟裳岬の右側)の旭浜。

砂浜を見渡すと、朽ちかけた巨大なコンクリートの構造物が八つ、200メートルほどの間隔でほぼ同一線上に並んでいるのに気づいた。終戦の前年に作られた旧日本軍のトーチカ(防御陣地)だ。

トーチカはロシア語で「点」を意味する。太平洋戦争末期、旧日本軍の大本営は米軍の本土上陸に備えることを計画。道内では、第7師団が網走や根室、釧路、十勝などの沿岸部に多数のトーチカを築いた。

中は狭くて真っ暗。光がわずかに差し込む小窓がある。機銃を撃つための「銃眼」だ。


勇払郡出身の習い事の先生は、子供の頃に見たとおっしゃっていた。歌にも詠まれておいでだ。

日本海側にもあると聞いた気がする。


記事より

戦跡や災害の跡地を訪ねる旅は「ダークツーリズム」と呼ばれ、近年注目を集めている。

この分野の第一人者である追手門学院大の井出明准教授に聞いた。

「戦争や災害、事故などの現場を訪ね、犠牲者を悼み、そこで起きた悲劇を記憶し、伝えていくことを伴った観光の一つのあり方です。たとえば、ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺を象徴とするアウシュビッツ強制収容所や広島の原爆ドームなど、日本を含め、世界中にたくさんあります。1996年に英国で生まれた概念です」

・・・悲劇の場を観光として訪れるのは不謹慎だ、という意見もあります。

「真面目な気持ちで来る人、好奇心で来る人、様々です。重要なのは、興味本位の人に、悲しみの記憶と真摯に向き合う大切さを気づかせることです。要は地元住民や行政など受け入れ側次第です。

・・・・戦跡はダークツーリズムの中でどう位置づけられるのでしょうか。

「ダークツーリズムの研究は元々、第2次世界大戦の惨禍を繰り返さないようにという意識から広がりました。つまり、戦跡はダークツーリズムの『一丁目一番地』です。

戦後70年がたち、開発や老朽化などで各地の戦跡が失われていますが、観光にする道を探るべきだと思います」

・・・北海道は観光地として人気があります。ダークツーリズムの対象としてはどうでしょう。

「非常に潜在力があると思います。明治時代に開拓が本格化しましたが、担い手となった本州の人たちは厳しい環境下で多くの犠牲を払いました。そもそもその過程で土地を奪われたのは先住のアイヌ民族だった。佐呂間町には栃木という地名がありますが、これは栃木県であった足尾銅山の鉱毒事件で強制的に廃村になった住民を含め、栃木の人たちが多数移住したことに由来します。近代以降の日本が背負ってきた影の部分が北海道にはたくさんあり、それが新たな観光資源になり得ます」


両親から戦争の話を聞いたことがなかった・・・

夫も聞いていないという。

一緒に暮らしたことのない20歳上の兄は、空軍に受かったが、ちょうど終戦になったと教えてくれた。

茨城の特攻隊の手紙などが展示されているところに行ったことがある。涙なくして読めないものばかりだった。

無言館の絵はすばらしかった。


アウシュビッツを訪ねて・・・

http://hatigatunokujira.at.webry.info/201406/article_7.html


フランスで起きた無差別テロには言葉がない。

移民の問題も難しい・・・かな・・・







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