見習いたいと思い合えるのは幸せ

画像お互いに見習い合いたいと思って仕事ができるのは幸せ!


16日パート先で。

38歳のイキのいい女性Sさんと、「新しく入ってくる人たちは若いだろうか?・・・多分オバチャンだよね」と話していた。

「私は(加齢からの)ミスを重ねるようになったら、辞めるから・・・」と伝えた。

するとSさんは、「まだ見習いたいことがあるから、辞めないで。こんなに仕事がやりやすい人に出会ったのは初めて」と言われた。            ↑6.18 泥んこ遊び

「私も、Sさんを見習っているよ。お互いに見習い合いたいと思いながら仕事ができるのは幸せなことだよね」と応えた。

高校球児の選手宣誓のようにハキハキと話すSさん。

初めの頃はぶつかった。

スーパーとの契約で仕事範囲が決められている。

先輩たちはきっちりその範囲を守り、明らかに汚れているところがあった。私は時間が余ったら軋轢が生じないように黙って隠れるように、目立たないようにきれいにしていた。

25年くらいたったスーパーはどこもかしこも汚れている・・・

まっすぐなSさんは、「すごいことになっている」と大々的に言い放ち、きれいにしていた。

その言葉はそれ迄の私たちの仕事ぶりを否定されたかのようにも聞こえてきた。この発想が老害?

で、「人には求めないで、黙ってしてね」という私に腹が立ったのでしょう。口をきかない日があった。

どのくらいたったころか・・・

いつの間にか、お互いの仕事ぶりを尊重し合うようになっていた。

もちろん人生の先輩として、彼女の細やかさや、深く、よく気がつくことを褒め続けた。



仕事のことで認め合えて嬉しいけれど、気持ちの上でもお互いを尊重し合うようになった。

もう一人のTさんは、今年に入って急に若年性認知症のように仕事を忘れたり、形を変えてしまう。

先輩の彼女に対し、信じられないきつい言葉で指摘していたSさん。(でも温かい人なのはすぐにわかった)

私は黙ってフォローする。(内心いらっとすることもあるが・・・)

・・・

このごろSさんは、「アールさんのように黙ってフォローする方がいいと思えてきた」という。

逆に私は、優しい振りをしていたようで、きっちりとミスを伝える方がいいのかなと、迷っている。


  朝刊に

  より良いものに変えてゆくには、型破りな人の存在が欠かせない。

  なじみすぎたルールを変えるためにも、次世代のことを心底案じる人びとが集うためにも、

  突拍子もない発想で人びとの思考を脱臼させるような人が平然とそこにいる、そんな場所をまず創らねば。




女性同士はとかく面倒だ。

会社は仕事はゆるくてもいいから、仲良くやってという。

人より出る程の能力はないけれど、長~く生きてきたら、「出る杭は打たれる」と実感している。つい、控えめに・・・と心の保全を確保しようとしてしまう。

去年入ったばかりのSさんとぶつかったから、「見習い合いたい」と言えるまでになれたのかな?

年齢だけ大、大、大先輩の私に、よくぞぶつかってきてくれた。その勇気が嬉しかったのかも?

そういえば・・・きつい言葉を使うSさんはある時友達に、「どうしてきつい私と友達でいてくれるの?」と聞いたら、友達は、「嘘をつかないから」と答えたという。

たしかに・・・嘘はつかないかも。

真実を言いたくなる傾向の私。「真実は劇薬、嘘は常備薬」と河合隼雄さんの言葉を知り、私に言われたような気がしていた・・・

言い訳だけど・・・エッセイや短歌に、真実があってこそ評価されることもあったような・・・?


今の教え方

今は昔と違い、手取り足取り?教えるそうな・・・

大昔私の若いころは、一度教えてもらったら、その後は盗み見て覚えた。

その癖が抜けなくて、一度教えたら、後は自分で考えて工夫してやってね!と思ってしまう。

だから、新しい人にはSさんに教えてもらうようお願いした。



見習いたいと思い合えることには緊張感もともなう。



日本で最終試合の日の藍ちゃん                       早めに植えたラブリー藍というミニトマト。

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