前にしか進めぬトンボ・・・
8月の短歌欄に、常連の方の歌が載っていた。お名前からして若い女性だと思う。
☆前にしか進めぬトンボのブローチを心臓辺りにつけて生きてく
馬場あき子さんの評は、「ダルな気分の夏の午後か。自ら心を鼓舞する思い。」とある。
トンボが前にしか進めないとは知らなかった。
前にしか進めぬというトンボたちこの指とまれ心ゆくまで
初めての譲られし席のぬくもりを気づかぬままに駅に着きたり
(初めて譲られたのは札幌から帰るとき女子高生に。ありがとうと言いつつも複雑だった・・・)
先生は時間を過ぎても来られなくて、Hさんと迎えに行く。娘さんが、美容室に言っているとおっしゃり、謝られた。
自分たちでそれなりに、進めてみたが、先生のようにはわからなくて・・・・来月もう一度先生にお聞きしましょうということに・・・・
”変身”を終えてから来られた先生に、急いで、直していただく。
先生は、結社の選者を無事辞退することができ、安心したら気が緩んだのだねと。
そうだと思います。
そういえば・・・娘さんは先生に似て美人で聡明な方だった。言葉の選び方でもわかる。
Hさんは蓮華升麻を詠んでいた。以前株分けしたものです。
これは白一色だけれど、少し紫がかったのがある。電子辞書には「淡紫色の」と載っている。
和名は花形と葉形に由来する。
朝は10度もなかったけれど、日中は日が差し暖かかった。(22日)
20日の朝刊より。
ネットに声「批評するの難しい」
この夏ツイッター上で「歌会こわい」論争が盛り上がった。
歌会とは歌人が集い、短歌を批評しあう場のこと。
ネットという場で短歌と出会った人々の中には、面と向かって率直な批評をぶつけ合うリアルな歌会には違和感がある人もいるそうだ。
SNSの登場で、短歌をめぐるコミュニケーションが変わる中での論争だ。
私は思い違いをしていた。批評、主に欠点を指摘されることがいやなのだと思っていた。
始めた頃はすごくドキドキしてのどが渇いた体験から。
新聞によると、「きつい言葉を投げられる不安」(37%)よりも、「評することが難しい」(50%)が多かった。
評するということは、歌の意味がわからなければできない。
精神性の高い先生の歌は、今でもわからないのがある。
10人足らずの会で、一切言わない人が数人いる。何年か前、若輩者の私が、「感想を言い合おうよ」と言ったら、「わからないから言えない」と応えた先輩がいて、「全体の批評じゃなくとも、この言葉を選んだのがいいとか・・・それなら言えるでしょう」と、生意気だったかな。
人からは言ってもらい、自分はスルーなんて・・・ずるくない?という気持ちでした。
自分の歌にまったく何も言ってもらえなかったら寂しくないの?・・・と想像してほしかっただけ。
先月、「準えて」(なぞらえて)という言葉を使ったら、隣の席の方から、「この字なんだね」と言われ、ちょっと嬉しかった。
歌人の大辻隆弘さんは、「短歌は何を歌うかではなく、どう歌うかが大事」と。
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